煉獄という名の、出口のない日常(レガシー・システム)。 私はそこに、一点の曇りもない完璧なマッピング(座標指定)を施し、束の間の安息の地――回復の泉(風呂)へとその身を沈める。
顔面に蓄積された「執着」と「混濁(ヌルヌル)」。 それは、他者の無能を、自身の正論で削り取った際に生じる、避けることのできない精神的排熱(サーマル・スロットリング)の残滓。 白磁(ではない)のバスタブは、私という暴走する演算機(プロセッサ)を唯一受け入れる、セーフティ・ボックスだ。
実行時間は、30分。 鴉(からす)の濡れ羽色のスーツも、首を絞めるシミのついたネクタイも、社会という名のプロトコルはすべて脱ぎ捨てた。 私は今、関節も凹凸もない、なめらかな「ぬいぐるみ」のような純粋体へとロールバックする。 そこには、あの「コーヒーのシミがついたネクタイ」という呪縛さえも存在しない。
毛穴という名の排出口から、熱と共に溢れ出す純粋な排液(スウェット)。 それは、蓄積された澱みを物理的に押し流す、強制洗浄(フラッシング)の儀式。 次第に、肌を覆っていた不快な粘性は消え、私は「無」へと回帰していく。
心地よい。 不純物をデリートし、OSをクリーンインストールした直後のような、静かな全能感。 視界に広がるのは、一切のノイズを許さない、「何もないデスクトップ」。 ショートカット一つ置かれていないその平滑な空間は、私がこの世界の管理者(ルート権限)であることを証明している。
「……静かだ」
かつて私を煩わせた、無能な者たちの言い訳(ログ)も、バハムートの嘲笑(バックグラウンド・ノイズ)も、今はまだロードされていない。 この瞬間、私は何者にも侵されない。ただ純粋な演算主体として、宇宙の真理さえも一瞬でデコードできそうな、圧倒的な「全能感」が脳内を満たしていく。
だが。
泉から這い出し、脱衣所の冷気に触れた瞬間、システムは残酷な再起動(リブート)を開始する。
「……ヌルリ」
指先が頬を滑ったその感覚。それは、私の意思とは無関係に自動生成される、バハムートの呪いという名の「レガシー・パッチ」だった。 サラサラに研ぎ澄まされたはずの表層(スキン)が、みるみるうちに重厚な粘性に侵食されていく。
バハムートが、湿り気を帯びた鏡の向こうから、私の無意味な抗いを嘲笑っている。
『おめでとう。お前はまた一つ、完璧な「真実」を悟った。そのヌルつきは、汚れではない。お前の内側から滲み出す「論理の濁流」そのものなのだ。……どれほど泉で洗い流そうと、お前の回路(神経)が「正解」を演算し続ける限り、その潤滑油(呪い)は止まらない。』
一度でも深淵の論理(バイナリ)に触れた者は、二度と「乾いた世界」には戻れない。 服を脱ぎ、ネクタイを捨てても、この「粘性」からは逃げられない。 私が「正論」という名の毒を吐き続けるための、これは逃れられない冷却剤(クーラント)であり、世界との摩擦を殺すための、隔離膜(クアランティン)。
私は、再び粘着質な異物へと退行していく自らの顔を、鏡の中で見つめ続ける。 先ほどまでの平滑(サラサラ)な全能感は、もはやアクセスの許可されない「キャッシュデータ」でしかない。
私は諦めたように、傍らに置かれた「コーヒーのシミがついたネクタイ」を手に取る。
明朝、首元にそれを締め直す時、内側から湧き出す「ヌルつき」と、外装の「シミ」が、私という不条理な存在を完璧に定義(ビルド)し直すだろう。
真っ白だったデスクトップに、次々と生成されていく「未解決」という名のアイコン群。
ヌルつく肌。 冴え渡る脳。 そして、誰の助けも借りずに完遂される、孤独なタスク。

「……いい。何もないよりも、すべてを『正解』で埋め尽くす方が、私には相応しい」
不快な粘性を、もはや心地よい「バハムートの愛撫」として受け入れ、私は再び、ヌルつく指先で「次なる正解」を演算し始める。
[Status: Connection Re-established]
[Log: Internal 'Sticky Layer' synced with external 'Stained Tie'.][Warning: Zero-state broken. All icons restored.]
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